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ⓘ 宮原知子. 宮原 知子 (みやはら さとこ、英語: Satoko MIYAHARA, 1998年3月26日 - )は、日本のフィギュアスケート選手(女子シングル種目)。京都府京都市中京区出身。関 ..




宮原知子
                                     

ⓘ 宮原知子

宮原 知子 (みやはら さとこ、英語: Satoko MIYAHARA, 1998年3月26日 - )は、日本のフィギュアスケート選手(女子シングル種目)。京都府京都市中京区出身。関西大学(文学部)卒業。左利き。血液型はB型。

主な実績に、2018年平昌オリンピック個人戦4位・団体戦5位各入賞、2015年世界選手権2位・2018年世界選手権3位、2015年・2016年グランプリファイナル各2位、2016年四大陸選手権優勝、全日本フィギュアスケート選手権4連覇(2014年・2015年・2016年・2017年)など。

                                     

1. 人物

両親が医師という家庭に育った。両親の都合により、幼少期から7歳(小学2年生)までアメリカ合衆国テキサス州ヒューストンで生活していた。スケートを始めたのは4歳のとき。両親に『やってみる?』と言われて、滑ってみたら楽しかったから続けたとのこと。スケート教室には、5歳の時から通い始めた。後に京都に戻り、濱田美栄コーチの元で指導を受けている。

立命館小学校を経て、関西大学中等部に進学。2013年3月に同校を、また2016年2月13日には関西大学高等部を、それぞれ卒業した。高校卒業時の論文は「五輪の魔物」論。同年4月より関西大学文学部に入学。

2017年4月、翌年の平昌五輪を見据えて競技に集中するため、在籍する関西大学を休学し、住宅メーカーの木下工務店などを傘下とする「木下グループ」と嘱託契約を結んだ。2018年2月の平昌オリンピック(韓国)をまたぐ複数年契約の予定。日本オリンピック委員会・2017-18年度選手強化キャンペーンのシンボルアスリート制度適用選手。2018年4月、関西大学2回生として復学。 2019年に紀平梨花選手とともにコーセーはアンバサダー契約を締結。2021年3月、関西大学を卒業した。

将来の夢はオリンピックで金メダルを取ること、スポーツ医になること。趣味は料理、読書、本気のウィンドウショッピング、長風呂。好きな食べ物はパイナップルとチーズ。学力においては、中等部在学の頃は外部の模擬試験でも学年上位に入っていたほか、当時すでに英検2級を取得しており海外遠征においても通訳無しで対応できる。

性格は寡黙で引っ込み思案であるが、内に秘めた闘志は熱いものを持っている。真面目で練習量も多く、黙々といつまでも練習するタイプである。学校が終わると毎日まっすぐにリンクに向かい練習する。そのため濱田美栄コーチから、今まで指導した選手の中で一番努力家であると評価されている。スタミナがあり、病気とけがにも強い選手であると評されていた。

2017年1月に左股関節疲労骨折という大きな怪我を経験したときは、国立スポーツ科学センターでのリハビリを経て精神的にも大きく成長。だがその後もケガと体調不良がことごとく続き、平昌五輪前の2017年10月に濱田コーチから宮原へ「焦らないで、5年後の2022年北京オリンピックを目指しましょう」を声を掛ける位ほど絶望視する状況だった。それでも2017年12月の全日本選手権で4連覇を達成、平昌五輪日本代表を決めた際に濱田コーチは「スケーティングしかできない状態でも、辛抱強くできることをずっとやり続けるすごさというのを見て、私も勉強になった」と言われるまでになった。

尊敬する人はイタリアのカロリーナ・コストナー選手。

                                     

2.1. 経歴 ジュニア時代

2011-2012シーズン、初のISUジュニアグランプリシリーズとなるJGPバルティック杯において、自己ベスト162.20点を記録し、JGPファイナルで優勝したユリア・リプニツカヤ(ロシア)に次ぐ2位となった。11月27日、青森県八戸市のテクノルアイスパーク新井田で行われた全日本フィギュアジュニア選手権大会にジュニアとして初参戦し、13歳8か月で優勝した。得点は、2004年に同大会で浅田真央が出した172.13点を越え、172.17点を記録し、2位に18.75点の差をつけ圧勝した。ショートでは3F+3Tを決め、フリーでも3Lz+3Tを初めて成功させ、ショート、フリーともに今季初のノーミスの演技となった。12月25日、大阪府門真市のなみはやドームで行われた第80回全日本フィギュアスケート選手権においては、ショートプログラムでは、ジャンプ及びステップでの転倒もあり、15位と出遅れるものの、フリーでは、ほぼノーミスの演技で、116.79点(技術点は、全選手中トップの65.59点)を記録し、鈴木明子、浅田真央に次ぐ3位となり、総合では6位となった。2012年3月にベラルーシのミンスクで行われた世界ジュニアフィギュアスケート選手権に代表として出場し、4位に入賞した。

2012-2013シーズン、アメリカのレークプラシッドにて開催されたISUジュニアグランプリ・レークプラシッド大会において、ショート・フリーともに1位の成績でジュニアグランプリシリーズ初優勝を果たした。トルコのイスタンブールで開催されたISUジュニアグランプリ・ボスポラス大会では、3位入賞を果たし、総合ランキング4位で、12月にロシアのソチで開催されるジュニアグランプリファイナル進出を決めた。西東京市(東伏見アイスアリーナ)で開催された全日本ジュニア選手権では2連覇を果たし、自己の持つ大会記録を更に更新した。ジュニアグランプリファイナルでは、ショートでは3回転の連続ジャンプが単独ジャンプなるミスがあり5位であった。フリーは大きなミスもなく滑りきったが、フリーも5位、総合で5位となった。札幌市で開催された全日本選手権において、ショートは回転不足を取られた以外ミスはなく3位となる。フリーは3Loがダウングレードとなったが、その後は安定した滑りでフリーも3位となり、総合でも3位と全日本選手権での初めての表彰台となった。2013年3月にイタリアのミラノで行われた世界ジュニアフィギュアスケート選手権に代表として出場したが、多くの回転不足判定のため7位となった。

                                     

2.2. 経歴 シニア以降

シニアデビュー

2013-2014シーズン、シニアのISUグランプリシリーズ初参戦となった2013年NHK杯では、一番滑走のSPで冷静に滑りきったもののFSでミスが出て5位。2013年ロステレコム杯では、FSで3Lz+3Tを決めたがその後のジャンプに転倒などがあり5位となった。第82回全日本フィギュアスケート選手権では、SPで3Lz+3Tをクリーンに着氷させ66.52点をマーク。FSでも大きなミスはなかったが、他の選手が得点を伸ばしたため総合4位となり、ソチオリンピック代表選出は惜しくもならなかった。2014年四大陸フィギュアスケート選手権では、FSで3Lz+3Tをクリーンに着氷させるなどミスのない演技をみせ、FS及びトータルスコアで自己最高得点をマークし、国際スケート連盟主催のシニアの大会で初の表彰台となる総合2位となった。

全日本選手権優勝・世界選手権銀メダル獲得

2014-2015シーズン、2014年CSロンバルディア杯で優勝する。グランプリシリーズの2014年スケートカナダ及び2014年NHK杯は共に日本女子首位の3位だったが、2014年GPファイナル進出はならなかった。長野市で開催の第83回全日本フィギュアスケート選手権ではSP2位発進だったが、FSでほぼ完璧な演技を披露しSPで1位だった本郷理華に逆転して総合1位となり、初優勝を果たす。2015年四大陸フィギュアスケート選手権ではSPで自己ベストを更新しトップに立ったが、FSではジャンプミスが響いて得点が伸びず、結果2年連続の総合2位となる。2015年世界フィギュアスケート選手権ではSP、FS共に自己ベストを更新し初出場で銀メダルを獲得した。初出場となった4月開催の国別対抗戦ではSPでジャンプのミスがあり6位と出遅れるが、FSでは自己ベスト129.12を記録し3位となった。日本は銅メダルを獲得している。

GPファイナル銀メダル獲得、全日本選手権連覇、四大陸選手権優勝

2015-2016シーズン、2015年CSUSクラシックで優勝。グランプリシリーズの2015年スケートアメリカで3位、続く2015年NHK杯ではSP・FSともに自己ベストを更新し、自身初、日本人3人目となる200点台をマークし優勝。その結果により、自身初となるGPファイナル出場が決定する。初出場となったグランプリファイナルではSPで4位、自身初の140点台を出しFSで2位となり、総合2位で銀メダルを獲得した。全日本選手権では樋口新葉、浅田真央などを抑えSP、FSともにトップで二連覇を飾る。3度目の出場となった四大陸選手権では、SP、フリーともに自己ベストを更新し、シニアの主要国際大会で初優勝を果たした。2年連続の出場となった世界選手権では5位となる。

GPファイナル2年連続銀メダル獲得、全日本選手権3連覇、左股関節疲労骨折で世界選手権など欠場

2016-2017シーズン、2016年CSUSクラシックで前年に続き2年連続優勝。グランプリシリーズではスケートカナダでは3位、NHK杯では2位と両大会でメダルを獲得し2年連続のグランプリファイナルの出場が確定した。ファイナルではSP・FSで自己ベストを出し、日本人女子歴代最高得点の総合218.33で2度目の銀メダルを獲得した。全日本選手権では、SP、FSともに首位を守り浅田真央以来の3連覇を達成した。

ところが、翌2017年1月に全治4週間の左股関節疲労骨折の診断を受け、2月に出場の決まっていた四大陸選手権と冬季アジア大会の欠場を発表した。その後、世界選手権に向けて回復を待ち調整を進めたが、痛みが取り切れずに同選手権も欠場した。3月下旬から4月までの1ヶ月間氷上を離れ、国立スポーツ科学センターでのリハビリを行った。

故障からの復帰、スケートアメリカ優勝、全日本選手権4連覇

2017-2018シーズン、5月から氷上練習を本格的に再開した。左足の捻挫や体調不良などがありながらも、左股関節の疲労骨折は順調な回復を見せた。ただ、故障の原因ともなった骨密度低下の回復に時間がかかり、ジャンプ練習を再開した8月頃に右股関節の骨挫傷を発症、再び氷上を離れることを強いられた。1ヶ月後再び氷上練習を再開するも、回復した左股関節の再発や、さらなる故障を危惧したため、予定していたISUチャレンジャーシリーズのフィンランディア杯を欠場した。その間練習量を制限していた中で、負担の少ないスケーティング技術やスピン、表現力などを磨き続け、良好な検査結果を受けて10月からジャンプ練習を再開。

11か月振りの復帰戦となった、グランプリシリーズ初戦のNHK杯では、SP・FSともにミスが出て5位に。満足の行く結果は残せなかったが、体調面では順調な回復ぶりに笑顔も見せた。2戦目のスケートアメリカでは、SPでは僅かなミスに止め1位、FSもほぼミスなくまとめ自己ベストに迫る得点で1位となり初優勝を遂げた。グランプリシリーズの優勝は2015年のNHK杯以来2年ぶり2度目。怪我からの完全復活を遂げた。またこの優勝でグランプリファイナル(日本ガイシホール)出場順位の7位(次点出場候補者)となり、12月1日にエフゲニア・メドベージェワ(ロシア)が故障で同大会を辞退した為に繰り上がりで出場。SPはミスのない演技で3位、しかしFSでは3つの3回転ジャンプで回転不足の判定を受け4位となった。総合では5位で3年連続の表彰台とはならなかったが、演技構成点では全体の3位と高い評価を受けた。続く全日本選手権ではSPは僅かなミスにとどめ坂本花織に次ぐ2位。FSでは147.16という高得点を獲得して1位になり、総合得点でも全日本選手権女子歴代最高得点の220越えの高得点で優勝、浅田真央以来の全日本4連覇を達成するとともに、平昌オリンピックの日本代表入りを決めた。オリンピック前哨戦ともいえる四大陸選手権では、SPでは首位発進。しかし、FSでは転倒などのミスが重なり3位と順位を落とし2年ぶりの優勝とはならなかった。

平昌オリンピック団体戦5位・個人戦4位入賞・世界選手権銅メダル獲得

平昌オリンピック団体戦のSPでは、上位の中では数少ないクリーンな演技を見せたが、冒頭の3回転ルッツからのコンビネーションジャンプで2本とも回転不足判定を受け、4位と振るわず不安の残る結果となった。この判定を巡って専門家からの指摘もあり、いくつもの疑問の声が湧き上がることとなった。

個人戦・女子シングルのSPでは、懸念されていた冒頭のコンビネーションジャンプを10日あまりの最終調整で克服。ジャンプ、スピン、ステップなど全ての要素で加点を得る完璧な演技を見せ、75.94点を獲得し自己ベストを更新。4位と好スタートを切った。FSでもSPの勢いそのままにマイナスの評価も一切なく完璧な演技を見せガッツポーズ、三原舞依の持つ日本女子フリー最高得点を塗り替える146.44点を獲得し、総合でも自身の持つ日本女子の歴代最高得点を塗り替える222.38を叩き出す。惜しくも五輪メダル獲得まであと一歩届かなかったが、初出場のオリンピックで4位入賞の好成績を挙げた。演技後「結果は悔しいがやれることは全て出来た。課題もまだあるが、次に繋がると思う」とさらなる目標を見据えた。

世界選手権では、SPはステップと3つのスピンで全て最高評価のレベル4を獲得し、演技構成点でも全てにおいて9点台を叩き出し74.36点で3位につけた。フリーでは2つの連続ジャンプの回転不足とサルコウジャンプの転倒などミスもあったが、高い演技構成点でカバーし銅メダルを獲得、銀メダルを獲得した樋口新葉と共にダブル表彰台を飾った。これにより、翌年さいたま市開催予定の世界選手権・女子シングル日本代表は3枠に復活した。

スケートアメリカ連覇

2018ー2019シーズン、初戦のCSUSクラシック大会では、ショート、フリーで回転不足や転倒などのミスがあるものの大会自身3度目の優勝を果たす。続くジャパンオープンでは、チームJapanとして優勝を飾るも、自身の得点は伸びず不本意な試合となった。グランプリシリーズ初戦スケートアメリカでは、SPでは、全ての要素で加点を得る演技で73.86点を記録しトップに立つ。FSもステップでのレベルの取りこぼしがあったもののノーミスの演技で145.85点を記録しフリーもトップ。総合でも219.71点で優勝。連覇を果たすとともに、自身3度目のグランプリシリーズ優勝を達成した。SP、FS、総合の全てで新ルールでのパーソナルベストを記録し、課題の回転不足も克服した。続くNHK杯では、SPでパーソナルベストの76.08点を叩き出し2位につけるも、FSでは小さいミスが重なり同門の紀平梨花選手に次ぐ2位となるも、4年連続のファイナル進出を決めた。グランプリファイナルのSPでは、コンビネーションジャンプが単独になるなどのミスがあり6位。FSでもジャンプの調子を取り戻せず6位となり、総合でも6位で不本意な結果となった。 全日本選手権ではSPで完璧な演技で首位に立つも、FSで3回転フリップが2回転になるミスがあり坂本花織、紀平梨花に続く3位となり、伊藤みどり以来の5連覇とはならなかった。ババリアンオープンでは、SPで僅かなミスもあり2位。FSではいくつかミスも重なったが巻き返して優勝。 世界選手権ではSPでコンビネーションに僅かなミスが出て8位発信。FSは3連続ジャンプで最後にまさかのバランスを崩し手をついてしまう他はガッツポーズが出る完璧な演技をし6位入賞した。

2019ー2020シーズン

自身のブログで今シーズンのSPはブノワリショー振り付けYalla, Tabla & Percussion Solo, Egyptian Disco Buddha Bar Edit / DJ Disse フリーは、ローリーニコル振り付けTheme of Schindler’sList, Prelude in C sharp minor, Hatikva Intelude と発表する。 メインコーチに、織田信成さんらを指導したカナダ人のリー・バーケル氏が加わることが9月18日発表された。浜田美栄コーチを含めた2人の指導を受ける。初戦となったCSUSクラシックでは、SPでノーミスの演技をし74.16点で1位発進。FSでは回転不足などのミスが出たものの、1位を守り切り204.30点で4回目の優勝を果たした。グランプリシリーズ初戦の中国杯ではSPで2つの3回転ジャンプで回転不足を取られたものの、68.91点で2位発進となる。FSは、再び3つの3回転ジャンプで回転不足を取られたものの高い演技構成点など表現力でカバーし、142.27点のシーズンベストを記録。トータルでもシーズンベストとなる211.18点で2位となった。続くロステレコム杯では、SPで冒頭のコンビネーションジャンプでルッツが2回転に抜けてしまい無得点となってしまうミスが響いて、リカバリーしたものの63.09点で6位と出遅れる。巻き返しを図ったFSでは、3回転フリップでまさかの転倒に加えて5つのジャンプで回転不足が取られてしまい得点は伸びず、129.33点。トータルでは192.42点4位に沈み日本女子史上初となる5年連続のファイナル進出とはならなかった。全日本選手権では5度目の優勝を狙うこととなった。SPでは2つの3回転ジャンプで回転不足を取られるも、70.11点で2位発進。しかし、FSでは多くのジャンプで回転不足を取られたほか、3回転ジャンプでバランスを崩しそのまま転倒してしまいスピンステップでも力を出しきれず121.32点となり、トータルは191.43点で4位となり、6年連続の表彰台を逃した。



                                     

3. 技術・演技

アクセルを除く5種類の3回転ジャンプを跳ぶことができる。「 ミス・パーフェクト 」やTBSテレビのあさチャンでは、あさチャンファミリーとして「 安心と信頼の知子さん 」、海外からは小柄な体格から「 TinyQueen 」などの名をもつ。非常にジャンプ、スピン、ステップなどすべてのエレメンツで安定している選手である。

                                     

3.1. 技術・演技 両回転のジャンプとスピン

スケートを始めた当時は逆回転(時計回り)のジャンプを跳んでいた。しかし逆回転のジャンプは軸が曲がっていたため、帰国後に2年くらい時間をかけて順回転(反時計回り)に矯正した。今でも逆回転のダブルジャンプもスピンもできる。左右両回転のコンビネーションスピンはもはや宮原の代名詞となっており、大きな見せどころである。 また、レイバックスピンはレベル4、GOE 1.50という満点の加点が付くことが度々あるほど評価が高い。

                                     

3.2. 技術・演技 ジャンプ

ルッツジャンプの正確なアウトエッジの踏切はジョゼ・シュイナールに指導をしてもらった経緯がある。 フリップについてはアテンションやエラーの判定を受けることがある。 コンビネーションジャンプは3回転ルッツ-3回転トウループ、2回転アクセル-3回転トウループを跳ぶことができる。練習では2回転アクセル-3回転ループ、 3回転サルコウ-3回転トウループもやっており、ジュニア時代では3回転フリップ-3回転トウループも跳んでいたことがある。特に2回転アクセル-3回転トウループはフリーで演技後半に2回入れていたシーズンもあり、2016年四大陸選手権のフリーでは2つともGOE1.40の高い加点が付いた。2018年世界選手権後、3回転アクセル、3回転ルッツ-3回転ループの習得に意欲を見せている。

                                     

3.3. 技術・演技 課題

宮原は2013年世界ジュニアにおいて、ショートおよびフリーで実施した10回の3回転ジャンプのうち、9回もの回転不足判定を受けた。得意としていた3回転ルッツのエッジエラー判定も含め、宮原のコーチでもある田村岳斗は自身のブログ上でジャッジ批判を展開し物議を醸した。この判定の対処として、2013年7月にイリヤ・クーリックにジャンプの高さ改善のため指導を受けている。その後、回転不足の判定は少なくなり、2015年のグランプリファイナルで初めて全ての回転が認められるに至った。2016-17シーズンの故障を経て、復帰後の2017-18シーズンは、長期休養の影響もありスケートアメリカ以外の全ての大会で3回転ルッツからのコンビネーションで回転不足判定を受けるなど課題が浮上した。四大陸選手権を前に爪先着氷による回転不足判定を回避するため中央で着氷する"ミッドフット着氷"の習得に着手している。平昌五輪個人戦直前に助走時の上半身の動きを修正すること、セカンドジャンプの直前に溜めをつくることで克服することに成功した。2018年5月、ルール改正に対応するためジスラン・ブリアンにジャンプ指導を仰ぎ、質の向上を目指している。

表現面においては、2013年9月のアルメニア強化合宿でステファン・ランビエールに指導を受け情熱の表現に磨きをかけた。また、2016年7月には世界的なバレリーナである吉田都に指導を受けた。シーズン中の演技構成点を向上させることに成功した。

ステップでは、常時GOEで高い加点を得るほど評価が高いが、2016年スケートカナダでリンクカバーの狭さからノーカウントによる無得点となるという競技会でも珍しい判定を受けたこともあった。

                                     

4. 指定選手歴

JSF特別強化選手2019-202018-192017-182016-172015-162014-152013-14 JSF強化選手A2012-13 JSF強化選手B2011-12 JOCオリンピック強化指定選手平成24年度

                                     

5. 表彰歴

  • 2018年 - 感動大阪賞
  • 2018年 - 京都市スポーツ最高栄誉賞
  • 2018年 - 吹田市長賞
  • 2015年・2016年・2017年・2018年 - 上月スポーツ賞
  • 2018年 - 高槻市特別功労賞
  • 2015年・2018年 - 京都府スポーツ特別栄誉賞
                                     

6. 外部リンク

  • 宮原知子 オフィシャルブログ
  • Satoko. M 55satoko - Instagram
  • 日本スケート連盟によるプロフィール
  • 国際スケート連盟による宮原知子のバイオグラフィー (英語)
  • 木下グループスポーツクラブ フィギュアスケート部